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3.11

2019.03.11

東日本大震災と福島原発事故から、きょう3月11日で8年になる。

本日、患者さんの穿刺に向かった際、患者さんが読んでいた新聞の社説が気になり、皆さんに紹介したい。記事は、栃木県出身の柳田さんが執筆したもので、本日の下野新聞の1面記事の掲載されていましたので、引用させていただきます

 

『あの災害がもたらした被害はどのようなものだったのか。
多くの場合、死者・行方不明者薬1万8千人という数字で被害規模の凄さが表現される。

数字では捉えきれず

だが、それだけで被害の実態あるいは全貌を表し切れているのかというと、そうではない。
大災害の被害の現実というものは、そんな丸めた数字で捉えきれるものではない。

ちなみに、津波で夫が行方不明になったままの妻のNさんの場合を見てみる。
Nさんは「夫はきっと生きている。いつかは帰ってくる」と信じ続けた。
しかし、保険の受給などさまざまな手当を受けないと暮らしてはいけないので、死亡届を出さざるを得なかった。小学生だった息子は「お父さんは死んでいないのに」と言って、母親に反抗し学校に行かなくなった。母親は周囲から早々と夫の死亡届を出したと白い目で見られ、生きるのが辛くなって、ずっとカウンセリングを受けている。

福島県のある町の、母親Sさんは放射線の影響を恐れて中学生の娘と他県へ避難した。
夫は残って除染作業で生計を支えた。しかし、娘は避難先の中学校で、「放射線がうつる」など言われていじめられ、不登校になった。Sさんは、「元の学校へ戻りたい」という娘の気持ちに添って母娘共に故郷へ帰ったが、元の学校の生徒数は大幅に減り、親しかった友人達も転校していなくなっていた。娘はとても暗い性格になってしまい、母親は悩み続けている。

津波にせよ原発事故にせよ、長期避難を余儀なくされた被災家族が受けた被害は深刻だが、なかなか表面には出てこない。原発事故による避難者には、東京電力から毎月1人当たり10万円の補償金が支払われてきたが、その金で酒びたりになり、働く意欲を失ってしまったという人が少なくない。福島県内では除染作業の進展により、一部で牧畜や果樹園が再開されているが、全般的にはまだまだの感がある。』

まだまだ、復興には程遠いということ。
まだまだ、苦しんでいる方が多いという事。
まだまだ、多くの支援が必要であるという事。

1人1人が、その事を絶対に忘れてはいけない。

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